クールベとルソー、他に7人の画家たちが写っている写真を物語る



― あとがき ―

 「一葉目の写真」の人物を突き止めた後で、もし査定が正しければ、美術史的に貴重な資料と考えられるので、美術館の学芸員、図書館員に「一葉目の写真」を見せて説明し、意見を求めたり、大学教授に資料を送ったりしました。しかし、結果は無関心と無視。結局、自分で調べた結果を発表すべく「十九世紀後半の二葉の写真−画家たちの肖像」、400字詰め原稿用紙に直すと1900枚以上を書き上げました(日本語です。Webサイトも日本語だけです。連絡した美術館、大学教授は日仏で、図書館員はフランス国立図書館の19世紀の写真専門管理員です)が、論文として発表する場もなく、出版社にも断られ、最終的に、或る出版社の方に勧められたインターネットでの公表の道を選びました。そのままというわけに行かず、とりあえずホームページを新たに作成することにし、先ず、「一葉目の写真」をHTML文書として手探りでつくりました。そのとき査定間違いも修正でき、画像の著作権も出来るだけの配慮をし、1年以上かかりましたが、自信を持って「写真:ミレーと6人の画家たち」をインターネットに載せました。そしてこの度、「二葉目の写真」を一年後に、再び上梓いたしました。前回と同じく、掲載する所有していない画像に関して著作権等の問題を無視するわけに行かないと思うので、考えを綴ってみました。
 古い写真に関する考察なので、画像による比較が不可欠なため、画像の著作権問題を避けて通れず、今まで考え、感じたことですが、今後ともインターネットが新たな文化を担って行く過程で、非営利のWebサイトにおける画像の著作権保護の問題が簡潔になり、ホームページでの論文発表などが容易になったらいいなと思います。
 先に上梓したホームページ「写真:ミレーと6人の画家たち」では各章ごとに繰り返し著作権に言及しました。インターネットで一応の著作権については調べ、大まかな著作権について理解し、Webサイト上での著作権侵害をなるべく避けようと努力をしたつもりです。1年経ちますが今のところ著作権に関する苦情はありません。それが容認されていると解釈して良いのか、このサイトが関心をもたれていないと言うことなのか判りませんが、今後、インターネット文化が進展してゆく中で、絶対に問題になる、著作権について、素人が自分の頭で考えたことを綴ったので、個人的意見として読んでください。



 写真の著作権を写真家の没後70年とすると、所有者の許可を取って撮影した絵画作品の写真の著作権が写真家の没後70年まで存続するということになります。たとえば、画集やカタログ、書籍に掲載された画に関して、撮影者が明記されている場合、著作権はその撮影者、或いは撮影者が託した管理者に発生し、画像自体の著作権は消滅してても、その画を撮影した写真家の著作権が発生するという解釈になります。最近のカタログや画集には最後にcredits photographiques 或いは photo creditと記載され、写真の著作権の所在を明記しています。例えば、フランスのRMN国立美術館連合の写真の著作権管理部門の解釈が新たな写真に著作権が発生しているとの見地に立たなければ、写真で2次元的に複製再生された原作の著作権は消滅しているので、使用料を徴収出来ないはずです(著作権物の解釈に単に物をコピーした写真は著作権物として認められないとの判断もあります。となると、複製権に基づいているのか?)。逆に言えば、撮影者或いは管理者の明記されていない画像は著作権が発生しないことになるとの解釈が成り立ちます。著作権論争をする気はありませんが、100年以上前に制作されたものの画像に関して、営利目的ではなく資料として使用したいと思ったとき、著作権が発生し、訴えられたり、削除を要求される事を考えて、既に公表された画像の使用を躊躇し、説得力に欠け、充分理解されないとしたら、やはり損失と言わざるを得ないでしょう。どのようなものからのコピーにしろ、平面のイメージを「非営利」に使用する場合イメージの著作権が消滅していることが明確な原作者没年から70年以上経った画や100年以上前に没した著名人の肖像写真(写真は写真家が原作者なので、やはり撮?者が没してから70年とした方が良いでしょう。訂正します)などに関しては、「著作権は発生しない」と明確にし、文化に益する形が望ましいと思いますが、いかがでしょうか。
 写真の著作権に関しては新聞などでは転載を禁じ、著作権法で保護されていると書かれていますが、確かに報道写真などは写真家の努力で、一般の人が目に出来ない場面などを公表するするので、見た人も、その権利は認めても良いと思うでしょう。しかし、何の変哲もない町の風景やオブジェを取って写真を公表したものにまで、著作権をとなると「ちょっと待て」となりますが、ここが難しい所で、写真家の感覚表現を大衆が認めることが出来ないからといって、その写真には著作権を認めないとなると、問題なわけです。しかし、美術館などで目にする絵画の写真について考えると、なるべく本物に近く再現されるように写真家は撮影するので多少の違いはあれ、皆同じなはずです。となるとこの写真の著作権とはどうなるのでしょうか? つまり著作権を主張できるのでしょうか? ここで写真の持つ特性の一つ再現性を取り上げると、創造性に伴う著作権は発生しなくても所有者が持っている複製権の主張が生まれるのではないでしょうか。つまり、再現精度の差異が、写真家の腕、カメラの優秀さ、現像技術などで生まれるとすれば、個人的にそれを主張したくなっても当然だと思います。まったく同じ原画を撮影した写真でも「これは俺が撮った写真なのだ」「このネガは自分のところが管理しているのだ」というように。こうして利己的な個人の権利主張は限りなく伸張してゆくのでしょう。これが文化の発展の原動力になると同時に、文化の発展を阻害する規制にも繋がるのだから、人間て変な社会性を持つ動物ですね。
 個人の利益は常に守られるべきだと思います。例えば、画家が安く売却した画が、年を経て、価格が高騰した場合、以前は画家に高騰した差益は還元されませんでしたが、ジャスパー・ジョーンズの「国旗」か「標的」が高額で売買されたとき、その一部が生存する画家ジョーンズにわずかですが還元(これは所有権とは別に著作権を認めたからなのか)されたという記事を興味深く読んだ記憶があるのですが、これなどは、原作者が生存しているから可能なのであって、ゴッホのように、生前まったく売れず、没後、弟テオの未亡人によって回想展が開かれ、それによって世に出、今では何十億円で取引されますが、それを描いたゴッホは生前一切その恩恵、評価を享受することはなかったわけです。死後の評価をあの世からゴッホはどんな思いで眺めているのでしょう。
 ここで、原作者と所有者が異なる場合の著作権のありようも考えさせられます。また、原作者の没後50年、或いは70年の著作権に関しては、原作者本人ではなくその遺族、或いは譲渡された個人なり団体が利益を享受する訳です。まして、美術作品のように、原作者の手から離れ、大枚を払った個人なり、寄贈を受けた国などに、著作権が移り、尚且つ、著作権の期限が切れた作品に対してさえ、個人所有者や公共が著作権を主張するのは、著作権法の本来のあり方とは違うのではないかと思います。(どうも、所有権と著作権はくっ付いているものではないようで、美術作品などは所有権と著作権は一緒と考えていましたが、所有権が移っても、著作権が移らない場合もあるようです。著作権に関する文献を読むと、権利主張の項目に、そこまで、と思うことが多く書かれていますが、不正利用を規制するという名目の著作権者の利益の保護が、規制の強化、牽いては個人の利益の追求に思えてきて、過剰な保護は、文化の発展の阻害にこそなれ、益なしと思え、あまり面白い話ではありません。)作品に社会的価値が出た場合、著作権は作品に付随する権利として、利益追求に利用されているのではないでしょうか。やはり、?料として利用して利益が生じない場合、利用者の立場を考えると、「発明の公開」同様、文化の発展のために、非営利の場合は著作権は発生しないとして頂きたいのですが、虫の良い考えでしょうか。多分個人的に使用許可をお願いすれば、許可されると思いますが、誰に、何処に、どのようにしてなど、実は簡単ではないのが実情です。又、美術館などで公開されている画の複製イメージを非営利に使用する場合すら、使用料を支払わなければならない事に関しては、まったく納得がいきません。
 フランス美術館連合の写真部門が膨大な資料を画像としてWebサイト上で公開管理していますが(最近、サイトの内容が変わり、以前ほどの画像数では無くなりました。)、個人的アクセスは自由ですが、そのサイトから入手した画像を公に使用する場合は、使用料を支払わなければなりません。営利で画像を使用するならば支払い義務は当然と思いますが、非営利でも、それを公開する場合、つまり、Webサイトなどで公開する場合、支払い義務が生じます。使用理由を提出して許可を受ければ無料で使用可能な形に何故ならないのか、疑問に思います。事務所に連絡して、会い、直接話を聞きましたが、「既に公開されている古い写真のイメージに関して、どこから入手したものかわからない場合、どうするのだ」との質問に、「そのために裁判がある」との返答、その上「スキャナアーで取り込んだ画像もフランスでは使用禁止だ」とか、プレス担当の人の話で、著作権料の存在を強調する話に終始し、営利を目的としたWebサイトに使用するのではないのだから、あまり高額では支払えないと言うと、持参した資料で、使用枚数を調べ、料金を算出しましたが、部分的に使用したものも数え、その上使用期間についても制限があるとかです。1点に付き64ヨーロとして、トータルするととても支払う気になれない金額で、繰り返し、営利が目的ではないと話しても聞く耳持たず、そのうち何を勘違いしたのか、「写真業者に依頼すれば彼らが全部無料で調べ、売買してくれる。商売なので、彼らの方が熱心だし、有能だ」とまで言い出しました。国の機関と思ったので、調査研究のために使用する場合は酌量されるかもしれないと思っていたのが、思惑が外れました。こんな金額では画像は使用できないと思いながら、利用する画像を検討して、使用するなら許可を受けると言って別れました。後で話の内容を再検討したので、今は、多分、プレス担当の人なので、基本的に営利を目的にした使用者、或いは写真業者と折衝しているので、純粋に研究対象である場合の対応の仕方を知らなかったのかもしれないと思っています。対応した人のために言い添えれば、最後には多少理解してくれたのか、自分が教わったソルボンヌの大学教授の名を教えてくれ、今も在職かわからないがと連絡場所を教えてくれました。残念ながら既に退任していて、新しい担当の教授に書類を置いてきましたが、いまだに何の連絡もありません。
(かなり以前の話で、思い出しながら書いているので、言い回しに記憶違いもあると思いますが、大要は間違いないと思います。金額は領収書で確認しました。)その後、多少の経緯をへて、フランス美術館連合写真部門よりメールが届き、かなり割り引いてきたので、6点だけに絞り、トラブルを避けるため前回は支払いましたが、いまだ腑に落ちない気持ちです。最近の美術館などでは、フラッシュをたかなければ、ほとんどの場合、撮影は許され、その画像を営利に使用しない限り使用制限はないはずです。しかし誰もが現場で画像を自分のカメラで撮影できるわけではありません。平等の思想に立てば、公表された画像は人類共有の財産として、誰もが利用できるようにすべきだと思います。
 100年以上前の「写真」に写っている人物の査定に、比較すべきその当時の肖像写真が必要になりますが、著作権と同様に肖像権を考えると、著名人に関しては、美術作品に準じ、やはり「人類共有の財産」と考えて問題はないと思いますが、個人の肖像という部分で、遺族のプライバシーを絡めた議論になると、美術作品の様には扱えないかも知れません。しかし、プライバシーなどの問題がないならば、基本的には美術作品と同等に扱ってよいのではないでしょうか。となれば、、写真家の没後50年なり、70年ということになり、ナダールやカルジャ、ル・グレイ、プティ、ブラウン、キュヴェリエなどの写真は皆、著作権に抵触しないことになり、営利でなければ、自由に使用できるようになります。

(この件に関して、社団法人・日本写真家協会の「写真と著作権」を読みましたが、古い写真についての著作権についての記述はありませんでした。光司氏のサイト「写真の著作権について」に「昭和31年(1956年)12月31日迄に製作された写真は、著作権が失効して います。→写真を複製して使用する場合、著作者の許諾を必要としません。」と「昭和31年(1956年)12月31日迄に製作した写真は、公表の有無に関わらず、昭和44年(1969年)12月31日で、保護期間が終了しています。」とあるのを見つけましたが、単に写真の製作年月日の問題としたら、写真を写真で取り直した写真は新たに著作権が発生することになります。そうではなく、写真を写真で取り直した写真は単なるコピーとして、新たな著作権が発生しないとしなければ、その気になれば写真の著作権は永久に存続することになり、まったく、人類文化の私物化として、公共の利益に反するのではないでしょうか。過激な私見です。これを書き終えた後で、ある人よりhttp://www.h6.dion.ne.jp/~em-em/page123.htmlに興味ある著作権についての記述がある情報を頂きました。まさにWebサイト上で画像を扱うときの問題点がほとんど網羅されているように思います。しかし、インターネットがこれからも発展するように、著作権の権利保護事項も検討し直され、変わって行くでしょう。しかし、個人の利益を追求するのではなく、人類文化の発展を考え、特に学校などの教育だけではなく、一般でも、非営利での規制はほどほどにお願いいたします。前記サイトはリンク自由とあるので、リンクを貼らせて頂きました。こういうサイトが文化に貢献するものだと思います。当サイトも僅かでも、文化に貢献できたらと思っています。)

以上、の考えでWebサイトを作りましたが、法に従うにやぶさかではなく、このサイトで使用する画像に、著作権、或いは複製権を主張する個人及び団体がある場合、連絡いただければ、速やかに対処いたしますので、ご連絡ください。連絡先はenomoto.yoshio@orange.fr か yoshio.e@hotmail.co.jpでお願いします。